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東京地方裁判所 昭和48年(ヨ)4105号 決定

債権者

菅原功

外三名

代理人

五十嵐敬喜

債務者

日本鉄工株式会社

右代表者

神津要

代理人

岡安秀

右当事者間の昭和四八年(ヨ)第四一〇五号建築工事禁止等仮処分申請事件について、 当裁判所は、債権者らに共同で金八〇〇万円の保証をたてさせて、次のとおり決定する。

主文

債務者は、別紙物件目録記載の土地上に建築中の同目録記載の建物につき、地面から3.4メートルを超える部分のうち、平面を別紙図面(一)、(二)の各赤斜線部分、東側の側面を別紙図面(三)の赤斜線部分、北側の側面を別紙図面(四)の赤斜線部分、南側の側面を別紙図面(五)の赤斜線部分で特定される部分の建築工事を中止して続行してはならない。

理由

一本件関係疎明資料によれば、次の事実が認められる。

(一)1  別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)は、江戸川区の西が荒川、東が中川放水路の中間に位置し、大杉公園から西北に約一キロメートルの地点で、その南側に江戸川職業訓練所のあるところで、都市計画上、工業地域、準防火地域、第二種容積地区に指定され、昭和四八年四月一九日からは新たに第二種高度地区に指定され、かつ、近い将来右の工業地域が準工業地域(第二種特別工業地区)に変更される予定である。

債権者菅原、同時田、同石川の三名が居住する建物は、本件土地の真北にある幅員5.5メートルの道路をへだてた敷地(江戸川区中央二丁目六八六番地)内にある二棟((1)、木造瓦葺平家建居宅、床面積56.19平方メートル、債権者菅原、同時田が居住、(2)、木造瓦葺二階建共同住宅、床面積158.67平方メートル、一階部分に債権者石川が居住)である。

債権者菅原の居室を中心に周辺の約1.33ヘクタール(北へ一三〇メートル、南へ一八〇メートル、東へ一九〇メートル、西へ二二〇メートルの台形の形状で、四方が道路で仕切られる)の地域内には建物が二七七棟あり、そのうち一階および二階建の建物が計二七一棟でその97.8パーセント、三階および四階建の建物が計六棟(ただし、四階建は二棟しかない)でその2.2パーセントであつて、五階建以上の建物は存在しない(右の範囲より若干広い地域であるが、それでも一階および二階建の建物が92.5パーセント、三階および四階建の建物が7.5パーセントである)。そして、右各建物を用途別に分けると、人が居住している建物(作業場兼用を含む)が87.6パーセント、人が居住していない建物(工場など)が12.4パーセントである。さらに、右各建物のうち、昭和四〇年以前に建築された建物は、それ以降に建築された建物と略々同数であるが、とくに昭和三〇年以前に建築された建物は、比較的少いけれども、一階おおよび二階建の低層で人が居住している建物である。右のように、本件土地および債権者菅原らの居住する建物の付近は、若干の工場(業種として鍛造、プレス、製缶、機械加工、製紙など)と、低層でしかも作業場と兼用の住宅や社宅、一般住宅、店舗などが混在、密集する中小工業地帯であるが、債権者菅原らの居住する建物の西および南方向一帯は、比較的工場(居宅兼用を含む)が多いけれども、その東方向一帯はむしろ住宅が多く、地域地区改正案によれば、その東方約二〇メートル先までが準工業地域(第二種特別工業地区)で、その先は住居地域、第一種住居専用地域となる予定である。

2  債務者は、各種シャフトの製造、販売ならびに加工修理などを業とする資本金一億円の株式会社で、昭和一五年四月ころからその江戸川工場の操業を開始したもので、現に本件土地付近にその工場が存在している。そして、債務者は、本件土地の所有権を昭和四〇年六月に取得したが、それ以前の昭和二八年一二月に本件土地上に一階および二階建の建物数棟を所有し、これらを社宅などに使用していたところ、これらの建物を取りこわし、その地上に別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)を建築しようと計画し、昭和四八年二月六日に建築確認を得、本件建物が完成した後はこの一部を従業員用宿舎に、他の一部を一般賃貸住宅に使用する予定である(居室は二DKが三六戸、一DKが九戸、合計四五戸である)。

債権者菅原らの居住する前記二棟の建物の敷地は、昭和二七年、債権者信和鉄工株式会社(以下単に債権者会社という)の現在の代表取締役渡辺信司の実弟である渡辺慶三(当時、債権者会社の常務取締役)が、その土地所有者石亀某から賃借し、同年一二月、現在債権者菅原、同時田の居住する建物を建築し(当初の床面積は44.62平方メートル)、爾来これを債権者会社に提供し、債権者会社が社宅として使用し続け、昭和三二年四月、右建物の裏側に現在債権者石川が居住している前記建物を債権者会社が自ら建築し、爾来これを債権者会社の社宅として使用している。なお、債権者会社は、昭和四七年までは右土地を使用するにつきその所有者の承諾を得ていたが、そのころから借地としての期間が終了し、更新料の支払の点で目下土地所有者との間で紛争中である。

債権者菅原は、昭和四一年四月から前記建物部分に居住し、妻および子供二人(五才と三才)の家族を有し、同時田は、昭和四〇年二月から前記建物部分に居住し、妻および子供二人(六才と一才)の家族を有し、同石川は、昭和四四年三月から前記建物部分に居住し、妻および子供二人(いずれも一一才)の家族を有しているが、いずれも債権者会社の従業員として各先住者の退居後に入居した者で、債権者会社には一〇年以上勤務している。

(二)1  本件建物が設計どおり建築されると、前記の本件建物の真北にある債権者菅原、同時田、同石川らの居住する建物(二棟)およびその敷地は、冬至において、本件建物により、六時間以上(右土地の地面でみて、その面積の半分以上が本件建物の日影内にある時間、午前九時―ただし、東京都心部におけるいわゆる真太陽時、これは全国標準時の午前八時四〇分ころに相当するが、以下単に時刻をいうときはこの真太陽時をさす―から午後三時まで、このうち午前一一時から午後二時までは右敷地全体が日影となる)日影内にあることになり、これによつて奪われる日照エネルギーは、日影時間零の場合におけるそれの九六パーセントに達する。とくに、債権者菅原同時田の居住する建物の敷地(以下「社宅用敷地」という)は、本件建物により、その半分以上が日影となる時間が午前八時から午後四時までのいわゆる完全日影となり、これによつて奪われる日照エネルギーは、日影時間零の場合におけるそれの99.4パーセントにも達する。

前記債権者菅原らの居住する二棟の建物の各居室のうち日照をうけ得る室の南側開口部についてみると、冬至において、本件建物により、債権者菅原のそれは、午前八時から午後四時までの完全日影、同時田のそれは、午前八時から三〇分以内の日照をうけ得るにとどまり、同石川のそれは、午前八時から一時間程度の日照をうけ得るにとどまる(ただし、同時田、同石川のそれは、本件建物が建築されなくとも、午後の日照をうけられないが、本件建物が建築されないとなれば午前中の日照をうけ得る)。

2  本件建物の北側壁面と債権者菅原の居室の南側壁面との距離が一〇メートル余あるが、右居室の南側の中心で地面から一メートルのところで仰ぐ天空は、別紙図面(六)のとおり狭まり、右のところから本件建物を見る視角は一三一度となり、仰角は五七度となる。

3  債務者は、前1、2の債権者らに対する加害を回避するについては、本件建物の建築工事の請負人との関係(山中シャフト株式会社がその請負人で、債権者会社とは代表取締役を同一人が兼ねるなど両者の関係は密接である)や、本件建物の構造、時期などの点で可能である。

債権者菅原、同時田、同石川らは、経済的損失を除外してみれば転居することにより前記本件建物による被害を回避することは可能であるが、債権者会社は、右債権者三名の居住する建物の敷地を社宅などの人が居住する建物の所有または利用する目的以外に使用するか、右土地に対する利用権限を放棄しなければならず、結局、右被害を回避することはほとんど不可能である。すなわち、債権者会社は、右土地上に高層建物を建築することによつて、右被害を回避することが可能であるや否やについては、右土地のうち社宅用敷地の大半が計画道路(幅員一六メートル)の範囲内にあつて高層建物を建築することは許されないし、たとえ高層化するとしても、右土地の地面から五メートルの高さのところでは、前1の日影の時間はほとんど変わらず、かつ、右土地の南側と道路との境界線上において本件建物により一〇メートル余の高さまで完全に日影となるから、右土地上に建築される建物を想定してみても、その四階、五階の高さのところで多少の日照をうけ得るにとどまる。

二そこで、前項で認定の各事実に基づき検討する。

(一)  債権者らの被る被害がその受忍限度を超えるかは、右各事実のほかになお諸般の事情を考慮しなければならない。ただ、本件は、日照阻害や天空の狭まりの程度などから、日照、採光などの点で生活環境が大いに悪化するであろうことは容易に推認できること、本件土地およびその付近は、都市計画上の工業地域であるが、準工業地域(第二種特別工業地区)に変更されるのが間もないことであるし、既に、第二種高度地区に指定されているほか、右の住居地域にも近いこと、その他前述の本件土地付近の現況などから、現実には住居地域と同等とはいえないにしても、少くとも右の第二種特別工業地区以上の生活環境を確保されるのが妥当であること、日照をうける利益の対象の点で本件建物(ほとんど日照阻害のない居室となる)に入居する者と債権者らとの間で著しい不公平な結果が生ずることを主たる理由として、右の受忍限度を超えるものと解してさしつかえないものと思われる。

(二)  ところで、本件建物につき主文のとおりの設計変更をすれば、①冬至において、最も被害が著しい債権者菅原の居室の南側開口部で午前八時から同一〇時まで、同時田のそこで午前八時から同一〇時三〇分まで、同石川のそこで午前八時から同一一時までのそれぞれ日照をうけ得ることになる。すなわち、債権者菅原についてみると、右の開口部で、一日の日照時間を午前八時から午後四時までの八時間とするとそのうち二時間の日照をうけることができ、右の日照時間を午前九時から午後三時までの六時間(一日の一応の有効日照時間と思われる)とするとそのうち一時間の日照をうけることができる。②本件建物により奪われる日照エネルギーは、債権者らの前記建物およびその敷地全体において日影時間零の場合におけるそれの68.8パーセント、社宅用敷地において同七三パーセントとなる。③債権者菅原の右開口部中心で地面から一メートルの高さのところで仰ぐ天空は、別紙図面(六)の赤斜線分が開放される。

右のとおりであるから、債権者らの被る被害は、前一の諸般の事情を考慮すると右被害の軽減をもつてその受忍限度の被害に回復するものと解する。

(三)  よつて、債権者らは、本件建物につきその主文掲記の部分に限り建築工事差止請求権を有するというべきである(なお、債務者は、債権者らの前記土地、建物の利用の点で現状どおりこれを継続し難いことや当事者双方のこれまでの交渉の過程で示した債権者らの言動などから、債権者らの被る被害につき金銭をもつて補償をするのが相当である旨の主張をしているが、本件疎明資料を検討すれば、いずれも債権者らの右差止請求権行使を阻止する理由となるものでないから、右主張は採用できない)。

三本件建物が設計どおりに建築されると、後日その一部を除去するのが著しく困難となることが明らかであるから、本件保全の必要性も肯認できる。

四以上のとおり、債権者らの本件仮拠分申請は相当であるから、債権者らに共同で金八〇〇万円の保証をたてさせて、主文のとおり決定する。(中条秀雄)

物件目録

(一) 東京都江戸川区中央二丁目八〇一番

原野   八九二平方メートル

(二) 右(一)記載の土地上に建築中の建物一棟鉄筋コンクリート  六階建 共同住宅

一階床面積合計 398.265

平方メートル

二階床面積合計 329.560

平方メートル

三階床面積合計 329.560

平方メートル

四階床面積合計 329.560

平方メートル

五階床面積合計 329.560

平方メートル

六階床面積合計 329.560

平方メートル

屋上床面積合計  30.260

平方メートル

図(二)(三)(四)省略

図面(一)、(五)、(六)は次頁に掲載。

〈参考〉決定

債権者 日本鉄工株式会社

右代表者 神津要

外一名

代理人 岡安秀

債務者 菅原功

外一名

右当事者間の昭和四八年(E)第三六八四号建築工事妨害禁止等仮処分申請事件について、当裁判所は、別紙「理由」により次のとおり決定する。

主文

本件申請は、却下する。

(昭和四拾八年九月弐六日 東京地方裁判所第九部)(中条秀雄)

〔理由〕 本件は、債権者らのする建物建築工事に対し、債務者らが、自己の社宅の日照が阻害されるなどのことを理由として、実力で執拗な妨害行為をした事案であり、本件仮処分申請に対応して建築工事禁止等仮処分申請(当庁昭和四八年(ヨ)第四一〇五号、債権者・本件債務者ほか二名、債務者・本件債権者日本鉄工株式会社)がなされたところ、昭和四八年九月二二日、当庁で右の仮処分申請に対し決定がなされ、その日照紛争について一応の解決をみたものである。したがつて、債権者らが右別件の仮処分決定の趣旨を尊重する限り、債務者らは、もはや右のような妨害行為をする意思がないことが推認されるから、本件仮処分申請は、その必要性について疎明がないものとして、これを却下することとする。

以上

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